トヨタ自動車のリコール問題について


今まで海外でも販売実績がトップクラスだったトヨタ自動車ですが、リコール問題が起きて以来、苦境に立たされざるを得なくなりました。
トヨタ自動車の欠点をずっと挙げた報道、災難自体を楽しんでいる人々、それに群がってずっと問題を挙げて生じる人々等、必ずたくさんの事が起きていました。
この大規模なリコール問題は、トヨタ自動車に大きな打撃を与えただけでなく、色んな代償も払わなければならない状況に立たされた訳です。
今までも自動車製造会社においてリコール問題はたくさん有りました。
問題が発覚しても隠そうとした製造会社も有りましたし、問題が発覚してリコールされた台数が半端ない数になったりもしました。
トヨタ自動車のリコール問題では自動車自身に問題が見て取れる事を認め、リコールする事自体をOKそうで、対応としては優秀な本何じゃないかと思うのです。
ではなんでリコール問題はこれ程大きな問題になってしまったのかと言うと、トヨタ自動車はブランド力はもちろんの事、開発力、販売、生産は世界けれどもトップクラスで在ると言えます。
レクサスに関して言うと故障率は最低な3位以内とずいぶん優秀ではないかと当てはまるのです。
ですから、海外での市場占有率がトヨタ自動車に奪われてしまった事が不満を持つ事に繋がり、それがリコール問題をきっかけに不満が爆発したと言えます。
トヨタ自動車に乗らない方が良いとか、市場から追い出そうとするとか、多々トヨタに対する攻撃がきつく出たのです。

トヨタ自動車が歩んできた歴史


トヨタ自動車の名前を知らない人は今やいないと思います。
この会社が創業したのは1933年の事だそうですが昔の豊田自動織機製作所、現在の豊田自動織機(創業者は豊田佐吉氏)の自動車部門としてスタートしたのがトヨタ自動車の始まりになったそうです。
自動車部門がスタートして、まさに自動車製造を始めたのは1935年頃でグングン2年後の1937年に「トヨタ自動車工業株式会社」として豊田自動織機製作所から独立したそうなのです。
勘違いしている方が多いと思いますが、トヨタ自動車って愛知県豊田市に工場がありますから地名から名前を取って「トヨタ」と付けられているとしてはいないでしょうか。
先程も記述しましたが創業者が「豊田佐吉氏」という方それで、その方の名前を取って「トヨタ自動車」と名付けられたそうです。
逆に愛知県豊田氏の方がトヨタ自動車から名前を貰って「豊田市」と付けたそうで、元々は挙母市(ころもしも)という地名だったそうです。
それだけ見てみてもトヨタ自動車がどんなに地域密着型の企業で、信頼や支持が高かったのかという事が伺えるエピソードですよね。
「トヨタ自動車工業株式会社」から始まったトヨタ自動車は、その後「トヨタ自動車販売株式会社」という会社が別に設立されたりして、工販分離という形になったそうですが1982年にこの2つの会社が合併して「トヨタ自動車株式会社」として、今に至っているそうです。
現在は世界けれどもトップクラスの販売台数を誇る程大企業として、世界中で活躍しているトップ企業となっています。

トヨタの思想


トヨタ自動車の金言として「80点主義」という思想があるそうです。
100点じゃないところが不思議ですが、80点の出来栄えで嬉しいやという考えからきているものではないという事は覚えておきましょう。
この思想を考えだしたのは初代カローラを開発した長谷川氏だそうで、元々はパブリカという車が販売不振に陥った所から考え出された思想になります。
思想の元となったパブリカという車は、トヨタ自動車が大衆向けに製造出来る様に作られた車だそうです。
開発自体には6年もの歳月を費やした様ですが、わかりやすさを追求しすぎて売れなかった様なのです。
わかりやすさだけとしていたので、ヒーターやラジオも欠けるただの働くだけの車という感じだったそうで、売れないのもわかる様な気がします。
そこでヒーターやラジオを付けて再発売した所、販売不振は解消され業績は上がったそうです。
この事を受けてカローラを作り上げる時折わかりやすさだけでなく、必要なものは全て付けてあげようという思想に変わったそうで、この時100点としてしまうと何かに特化して作ってしまうので、特化したところが無いけど必要なものは全て付いてるよという本当に80点主義を実現させたのです。
人々が知っている所では、カーナビが有りますよね。
カーナビも今ではどの車にも付いていますが、トヨタ自動車が広くカーナビを取り入れるラインナップ車種を広げたので、コンパクトカーがさながら高級車並のフル装備となっています。
今はさらに装備も充実していますので80点主義どころではないかもしれませんが、基本は80点主義という思想で開発されている様です。